経済インサイド
「まるで月と地球だな」
7月2日、東京・霞が関の国土交通省が入るビルの11階。午前10時から始まった会議の参加者のひとりは配られた資料を見て心のなかでつぶやいた。
目線の先、国交省による「日本造船所の規模面での弱さ」と題したグラフは、タンカーやコンテナ船といった「商船」の分野で、日本と、ライバルの中国と韓国の造船会社の造船所を比べていた。
生産量を表す大小の円が並ぶ。縦軸は従業員数、横軸は造船所の面積。最も大きな円は韓国の造船大手「大宇造船海洋」の造船所。そして他の韓国勢、中国勢が続く。国内勢は人が少なくせまいことを示すグラフ左下に小さな円が密集するので、拡大した別欄に示された。比較できないほどの差に、宇宙の星の大きさを比べる図を思い起こした。韓国が大きな「地球」なら、日本は小さな「月」というわけだ。
拡大する日本、韓国、中国の造船会社のそれぞれの造船所の規模を比較した国土交通省作成の資料。右上にいくほど面積が広く、従業員が多い。右のグラフで左下に集まっている小さな円が日本勢だ
赤羽一嘉国交相が「(造船)業界は存続の危機にさらされている」と5月に呼びかけた国交省の政策審議会での一幕だ。造船会社や船員の業界団体のトップや大学教授ら計17人が集まり、税金での支援策や新たな法律の案を話し合った。
造船はスケールメリットがものを言う。大きい造船所ほど多くの受注ができ、費用を抑えて安く売れる。日本は、中韓との建造能力と価格の差に苦しんでいる。戦後の50年代以降は世界首位の建造量を誇り、「世界の造船所」の役割を担っていた。
しかし、2000年、後発ながら巨額の投資をてこに急成長した韓国に首位を奪われた。09年には国営企業を中心とする中国にも抜かれた。中国は、経済成長によって物流のニーズが増えたため、巨大造船所の育成を「国策」に掲げていた。
中韓の国を挙げた造船への投資は、雇用対策の側面もあった。投資競争は海上物流量の伸びを超えて過熱。08年のリーマン・ショックやその後の中国経済の減速などによって船の需要が落ち込むと、10年以降は「船余り」が定着し、不況が続く。韓国政府は15年、経営危機に陥った大宇造船海洋に1.2兆円を公金支援した。
安値競争、国内勢はジリ貧
19年の商船建造量の世界シェアは中国35%、韓国32%、日本24%。各国企業が仕事をとることを優先して赤字でも受注するような「安値競争」に挑んだ。規模が小さく価格競争力に劣る国内勢は競り負け、ジリ貧なのが実情だ。中韓も苦しいが、世界の物流量は長期的には増えて船余りは解消されるとみられ、いまの苦しみは「過渡期」との見方が業界では一般的だ。
足元では新型コロナウイルスの影響で商談が止まり、国内造船業の受注残は危険とされる2年を切り「1.03年」という「極めて危機的な状況」(斎藤保・日本造船工業会長・IHI取締役)にある。船は一般的に受注から2年かけて設計を詰め、1年で組み立てる。いま受注しても設計に2年かかれば、つくる船がなくなる「1.03」年後から約1年間は造船所は仕事がなくなってしまうことになる。国交省の審議会は、こうした事態の打開を期待された。
12月11日に、7月以降4回の会議を経て国交省の審議会が出した支援案は、業界再編や協業を後押しするための10億円を21年度の政府予算に盛り込むにとどまった。「ありがたいが、ゆがめられた今の市場で何の足しになるのか」。国内の大手造船首脳は額の少なさに肩を落とす。
複数の関係者が、19年末ごろには政府系金融機関を使い造船業向けに「5千億円」の融資枠を確保する動きがあったと明かす。しかし、回収の見込みが立たないとして銀行側が断り、見込みがある場合にのみ融資することに決まったという。
別の大手造船幹部は話す。「リスクマネーは出せず、日本政府にはこれが限界ということだろう。経営が持たなくなってなりふり構わなくなる会社が出てくる。いや、すでに出てきている」
戦後のものづくりを代表した造船業がたそがれの時を迎えている。この20年間、韓国、中国に追い上げられ、抜き去られた。港からは造船所が消えつつある中、デジタル化と環境規制の波が襲う。ニッポンの造船業はどこに向かうのか。
相次ぐリストラ
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