-リュウグウの形成過程から太陽系の成り立ちへつながる成果に貢献-
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の長野 方星 教授、同環境学研究科の渡邊 誠一郎 教授らの研究グループは、国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」)物質計測標準研究部門 材料構造・物性研究グループの八木 貴志 研究グループ長、山下 雄一郎 研究グループ付および国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下「JAXA」)宇宙科学研究所 太陽系科学研究系の田中 智 教授とともに、 小惑星リュウグウ(以下「リュウグウ」)注1)の表層から探査機「はやぶさ2」注2)が採取し持ち帰った粒子の熱拡散率注3)を計測し、その熱物性的特徴を明らかにしました。
リュウグウの粒子の切断サンプルを、名古屋大や産総研で独自に開発した非接触熱拡散率計測技術で計測し、両機関で不確かさの範囲内で一致した熱拡散率を得ました。 熱拡散率から求められた熱慣性注4)は、物質の熱しやすさや冷えやすさを表します。計算された熱慣性は、リュウグウの表層よりも3倍以上大きく、リュウグウ表層内には熱遮蔽効果を持つ多数の亀裂の存在が示唆されます。これらのデータは、 リュウグウの形成のシミュレーションに用いられるほか、太陽系の成り立ちの解明につながることが期待されています。
本研究成果は、はやぶさ2ミッション初期分析チームの石の物質分析チーム(チームリーダー=東北大学 中村 智樹 教授)の成果の一部であり、分析結果をまとめた論文が、2022年9月23日付アメリカ科学雑誌「Science」オンライン版に掲載されました。(https://www.jaxa.jp/press/2022/09/20220923-1_j.html)探査機「はやぶさ2」は、リュウグウから総量約5.4 gの粒子状サンプルを回収することに成功し、探査機「はやぶさ2」から分離された再突入カプセルは2020年12月に地球に帰還しました。リュウグウは、水や有機物に富むC型小惑星であり、回収されたリュウグウの粒子は、初期記載(顕微鏡画像、重量、サイズ、形状などの記録)が行われた後に、その一部が6つの初期分析チームに分配されて2021年6月から約1年間の計画で多角的な分析が開始されました。これらの分析結果は、リュウグウが現在の姿になった過程や、地球・海・生命の原材料間の相互作用と進化を解明するなど、太陽系科学の発展への貢献が期待されています。
リュウグウの誕生初期は今よりもはるかに大きな天体であり、さまざまに衝突を繰り返すことで現在の姿(直径約900 m)になったと考えられています。リュウグウから持ち帰った試料の初期分析を行う6つのチームのうち、大型粒子を対象とした「石の物質分析チーム」(プロジェクトリーダー=東北大学 中村 智樹 教授)は、リュウグウがどのように形成されて進化を遂げてきたかを解明することを目的とし、回収された試料の中でも1 mm~8 mmの大きさを持つ計17個の大型粒子を対象として、鉱物学的、岩石学的、物理特性的見地から分析を進めました。名古屋大と産総研は、「石の物質分析チーム」の一員として、物理的特性である熱拡散率と比熱容量注5)の評価を担当しました。熱拡散率と比熱容量および密度を組み合わせることで、さまざまな熱物性値が換算可能です。例えば、熱伝導率注6)と比熱容量は、リュウグウの初期天体の内部で起きうる化学反応と、物質形成をシミュレーションするために用いられ、熱慣性は現在のリュウグウの温まりやすさや冷えやすさを解析するための重要な値です。熱拡散率の評価のために両機関に提供された試験片は、わずか数mm角程度の小さな塊であり、一般的な測定手法であるフラッシュ法注7)では対応できません。さらに、試験片は熱物性の評価だけでなく他の機械特性、電気特性、磁気特性や組成分析にも共有されることから、計測時の人為的な汚染物質の混入を避けなければなりません。したがって、数mm角の不定形の試料の熱拡散率の測定には、加工を一切せずセンサー類も設置しない手法が必要でした。
名古屋大では、独自の熱拡散率測定法としてロックインサーモグラフィー式周期加熱法注8)を開発してきました。本手法は、試料の表面のスポットに周期的にレーザーを照射し、試料裏面への熱の伝搬を温度分布としてサーモグラフィーで計測します。そしてレーザー加熱と同じ周波数で時間変化する温度を選択的に抽出して時間応答の分布を可視化します。その時間応答分布を解析することで、面内および厚さ方向の熱拡散率の分布を計測することができます。
一方、産総研では、スポット状に形成したレーザー光を周期的に試料に照射し、試料背面の赤外輻射光を、高感度かつ高空間分解能のInSbセンサーを精密走査して計測するスポット周期加熱放射測温法注9)を開発してきました。本技術は放熱性グラファイトシートの評価手法として日本産業規格(JIS)に取り入れられるなど信頼性の高い熱拡散率計測手法として確立されています。
それぞれの計測技術は、不定形の試料を非接触で熱拡散率を計測できる他に代替手段のない方法であり、両機関によりリュウグウから持ち帰った粒子の熱拡散率の評価を実施することとなりました。
リュウグウから持ち帰られたサンプルのうち、1 mmを超える大きさの粒子はわずかです。熱拡散率の評価ではそれらの中でも3番目に大きな粒子(図1左、名称C0002:楕円体で長さ8.65 mm、太さ3.28 mm~5.12 mm)(以下「C0002粒子」)が用いられました。C0002粒子の熱拡散率の評価には1辺約3 mmの三角形状で厚さ929 μmの試験片(図1右)がC0002粒子より切り出されて作成されました。名古屋大と産総研は、それぞれロックインサーモグラフィー式周期加熱法とスポット周期加熱放射測温法で、本試験片の熱拡散率を計測しました。どちらの手法も、試験片の中央付近にスポット状のレーザーを照射して周期的に熱を与え、反対面の温度の周期的な時間変化の様子から熱拡散率を決定する非接触計測技術です。名古屋大では加熱周期に同期した特殊なサーモグラフィーによって試料全方向の熱拡散の様子を評価しました。図2に名古屋大のロックインサーモグラフィー式周期加熱法の装置概要を示します。試験片は高真空チャンバー内のメッシュ状の保持部の上に置かれ、底面からレーザー光で周期的に加熱されます。レーザーは試験片の裏面に直径約15 μmで集光され、1 Hzの周波数で試験片が周期的に加熱します。これにより試験片の内部に周期的な温度の変化が生じ、その伝搬は熱拡散率に依存したものとなります。試験片の表面側に到達した温度の周期変化を、高感度のサーモグラフィーを用いて計測しました。サーモグラフィーには高空間分解能のGeレンズが取り付けられており、1.6 mm×1.2 mmの領域内の約33万点の温度変化の分布を、2.5 μmの空間分解能で計測できます。今回の測定では観察位置を移動させて計16枚の赤外画像を取得し、試験片全体の温度変化を取得しました。試験片の表面の温度の変化は周期的であり、その変化の場所ごとの遅れ方(位相)の分布を解析することで、試料全周方向の熱拡散率の分布を算出することができます。図3にロックインサーモグラフィー式周期加熱法による測定結果を示します。試験片の表面における周期的な温度変化の等位相線をカラーで表したものです。本計測より求められた全周方向の熱拡散率の平均値は3.5×10-7 m2 s-1となりました。
図4に産総研のスポット周期加熱放射測温法による熱拡散率測定の様子を示します。試験片は、高真空チャンバー内に6本のニードルで固定されており、緑色の光点は試験片を加熱するためのレーザー光です。レーザーを試験片の表面に直径70 μmで集光し、0.9 Hzの周波数でオンオフすることで試験片の一部を周期的に加熱します。これにより前述のロックインサーモグラフィー式周期加熱法と同様に試験片の内部に周期的な温度の変化が生じます。産総研の手法では、試験片の背面側に到達した温度の周期変化を計測するために、赤外輻射光を高空間分解能のGe製のレンズで取り込んだ後、液体窒素冷却された高感度のInSb赤外センサーを用いることで位置ごとの微弱な温度変化を計測しました。試験片の背面の温度の変化の分布は、試験片内の熱拡散率と複雑な外形状の両方の影響を受けたものとなります。そこで、試験片の形状を3次元的にモデリングし、実験と同様な加熱環境を計算機上に構築することで、背面の温度変化のシミュレーションを実施し、実験結果を再現する熱拡散率を精密決定しました。図5に、スポット周期加熱放射測温法による測定の例を示します。プロット点は試験片の背面において測定した周期的な温度変化を測定し、その周期の遅れ方(位相)を表しており、およそ二等辺三角形の形をした試験片の底辺から頂点までを10 μmごとに記録したものです。また右図は3次元モデルによる温度シミュレーションで計算されたある瞬間の試験片の温度分布です。熱拡散率が3.0×10-7 m2 s-1のときに最もよく実験結果を再現することができ、およそ20 %程度の不確かさを見積もりました。
両機関で得られたリュウグウのC0002粒子の熱拡散率の中央値は3.2×10-7 m2 s-1±0.3×10-7 m2 s-1であり、両機関の結果は不確かさの範囲内で一致しました。また名古屋大が評価した比熱容量とJAXAから提供された密度を基に、熱伝導率は0.5 W m-1 K-1、熱慣性は890 J m-2 s-0.5 K-1と求められました。このC0002粒子の熱慣性は、図6に示すように、はやぶさ2本体およびはやぶさ2に搭載された小型着陸機MASCOT注10)がリモートセンシングによって観測したリュウグウ表層の熱慣性と比べて3倍以上大きいことが明らかとなりました。この結果から、リュウグウの表層には数mmオーダーの亀裂が多数存在し、これが熱の遮蔽として大きな影響を与えている可能性が示唆されました。
これらのリュウグウの粒子の熱物性データは、リュウグウの初期形成や熱進化の過程を探るためのシミュレーションに用いられ、太陽系の成り立ちの解明に向けた研究の進展が期待されます。
図1 リュウグウから採取されたC0002粒子の外観写真(左:ISAS/JAXAのHayabusa2, Ryugu Sample Curatorial Datasetより掲載、
DOI:https://doi.org/10.17597/ISAS.DARTS/CUR-Ryugu-description)と、それから切り出された熱拡散率測定用の試験片(右)。
図2 ロックインサーモグラフィー式周期加熱法によるリュウグウの試験片の熱拡散率の測定の様子。右はサーモグラフィーによる温度画像。
図3 ロックインサーモグラフィー式周期加熱法による、リュウグウの試験片の等位相マップで、点線がリュウグウの試験片の外形である。
図4 スポット周期加熱放射測温法によるリュウグウのC0002粒子の試験片の熱拡散率の測定の様子。6本のニードルで試験片が固定されており、レーザーにより周期的な加熱が行われる。
図5 スポット周期加熱放射測温法によるリュウグウのC0002粒子の試験片の熱拡散率の測定の様子。左は産総研のスポット周期加熱放射測温法による試験片背面の温度変化の遅れ方を位相として示したグラフであり、右は試験片の3次元構造(3Dモデル)を計算機上に構築し、熱伝導シミュレーションを実施したもの。シミュレーションによる解析曲線は実際の温度変化の様子と一致する。
図6 本研究で得られたC0002粒子の熱慣性と、はやぶさ2および小型着陸機MASCOTにより得られたリュウグウ表層の熱慣性との比較。熱遮蔽となる亀裂が、リュウグウ表層に存在することを示唆。なお、はやぶさ2本機の結果はYuriShimaki et al., Icarus, 348, (2020), 113835、MASCOTの結果はM. Grott et al.,Nature Astronomy, 3,(2019), 971–976によるものである。
図2、3、4および5はT. Nakamura, Science, 2022(DOI:10.1126/science.abn8671)のFig.S36、S37およびS38より引用し改変したものです。
リュウグウの異なる地点で取得された粒子の微小な熱物性の分布を評価し、リュウグウの構成粒子の特性をより詳細に明らかにする予定です。
名古屋大では、別粒子の比熱容量の評価も並行して進めます。また産総研では、スポット周期加熱放射測温法が微小試料の熱拡散率計測に有効であることが確認できたので、今後さまざまな材料に応用する予定です。
雑誌名:Science
論文タイトル:Formation and evolution of carbonaceous asteroid Ryugu: Direct evidence from returned samples
著者:T. Nakamuraら計221名(名大関係者:H. Nagano, S. Watanabe, T. Ishizaki(現JAXA), R. Fujita, A. Abdulkareem, 産総研関係者:T. Yagi, Y. Yamashita)
DOI:10.1126/science.abn8671
からの記事と詳細 ( 産総研:独自の非接触計測技術で小惑星リュウグウの試料の熱物性を分析 - 産業技術総合研究所 )
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