アメリカ航空宇宙局 (NASA) を中心に開発され、2021年12月に打ち上げられた「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」は、2022年7月11日から13日にかけて、初めてのフルスペック画像を公開して話題となりました。
一方、それらの画像とは別に、具体的な科学的成果も早速発表されています。そのペースはとても早く、2022年7月19日には極めて遠方の天体である「GLASS-z13」と「GLASS-z11」の発見が報告されていますが、これらの天体はわずか十数時間の露光時間で撮影されたデータに基づいたものでした。
ウェッブ宇宙望遠鏡が稼働する以前、同程度の距離にある天体を観測しようとした場合、複数の天文台で取得された合計1000時間以上分のデータを分析しなければ見つけることができなかったことを鑑みれば、その優秀さが際立っています。
GLASS-z13とGLASS-z11を発見したのは、ウェッブ宇宙望遠鏡のデータを分析して研究する国際研究チーム「GLASSコラボレーション」ですが、このような国際研究チームは他にもあります。
今回の解説の主体は、そのような国際研究チームの1つである「CEERSコラボレーション」です。CEERSコラボレーションは前述したGLASSコラボレーションの成果から1週間も経たない7月25日に、遠方の天体に関する2本のプレプリント (科学誌に正式に投稿する前の、いわば論文の下書き) をプレプリントサーバーのarXivに公開しました。
さて、本題に入る前に、非常に遠方にある天体の距離をどう測るのかを解説します。皆さんは、救急車やパトカーのサイレンが、近づいている時には音が高くなり、遠ざかると音が低くなる、という経験があるかと思います。これは、音という波の長さが、発せられる物体の運動の影響を受けて、縮んだり伸びたりするからです。これをドップラー効果と呼びます。
光も音と同じく波であるため、天体の運動の影響を受けて波長が変化します。遠くにある天体は宇宙の膨張と共に、私たちから見れば遠ざかるように見えます。天体から発せられる光は、天体が遠ざかる速度の分だけ伸ばされ、波長が長くなります。これにより遠くの天体は、近くの天体と比べると波長のより長い色、つまり赤色に近づくことになります。これを指して赤方偏移と呼びます。
遠い天体ほど遠ざかる速度は増し、それだけ光の波長は大きく引き伸ばされます。スペクトル (電磁波の波長ごとの強さ) は天体の種類ごとにほぼ同じですが、赤方偏移を受けるほどスペクトルがずれるため、そこから逆算で天体の距離を算出することができます。この計算は、宇宙物理学に関する様々な物理定数の影響を受け、新たな観測データを基に更新されます。このため、赤方偏移は物理定数に寄らない共通した距離の指標となるのです。
また、赤方偏移で距離を算出するくらい遠方にある天体では、天体が存在していた時代と、その天体までの実際の距離に大きな開きが生じることに注意しなければなりません。例えば、今から130億年前に存在した天体を見つけた場合、その天体までの距離は130億光年ではなく、285億光年となります。これは、宇宙は膨張しており、光が進んだ道のりも時間と共に引き伸ばされるからです。
単純に時間と光の速さをかけ算したものは光行距離と呼び、その場合には130億年前に存在した天体までの距離は130億光年です。しかしながら、宇宙の膨張による引き伸ばしを考慮した共動距離では、130億年前に存在した天体までの距離は285億光年となります。このため、遠方の天体では「今から130億年前に存在した、285億光年かなたにある天体」という説明がしばしばされます。本記事でもそのような説明となります。
では、赤方偏移に基づいた、これまでの遠方の天体の記録はどうなっているのでしょう?ウェッブ宇宙望遠鏡が稼働する直前において、観測史上最遠を記録したのは「HD1」という天体でした。この天体は赤方偏移がz=13.27という値であり、これは今から134億8000万年前に存在した、地球から334億光年にある天体であることを意味します。
その後、ウェッブ宇宙望遠鏡が稼働すると、すぐに「GLASS-z13」と「GLASS-z11」が発見されました。遠い方であるGLASS-z13は、今から134億8000万年前に存在した、地球から333億1000万光年にある天体で、HD1よりもわずかに近くにあります。
今回発表されたプレプリントに登場するいくつかの天体の赤方偏移の値は、これらを大きく超えました。
その中の1つ「CEERS 93316」という天体の赤方偏移の値は、z=約16.74でした。これは今から135億7000万年前に存在した、地球から348億1000万光年かなたにある天体であることを意味します。
この分析結果により、CEERS 93316は観測史上1位の遠い天体となりました。ウェッブ宇宙望遠鏡は、天文学史上最も遠い天体を観測した望遠鏡として、早速名前を刻んだことになります。
しかしながら、今回の成果は、単に最遠記録を塗り替えただけに留まりません。大きなポイントが2つあります。
まず、今から135億7000万年前という、極めて古い時代に存在する天体を観測したことです。これは、この天体が宇宙誕生からわずか2億3000万年後に存在したことを意味します。ウェッブ宇宙望遠鏡で観測できたという事実から、この天体は恒星の集まった銀河の初期形態である可能性が高いと見られます。
つまり、宇宙誕生から2億3000万年の間に、恒星が複数形成され、銀河という集団になったことを意味します。このような進化のスピードは、物質の量や密度の揺らぎなど、初期宇宙の状態や宇宙物理学の論理的制約となります。
次に大きなポイントは、CEERS 93316と共に発見された天体が関係しています。上記の表をご覧ください。緑色にハイライトしたものは、今回の2本のプレプリントに関連する成果。そして青色は、その前に発表されたGLASS-z13とGLASS-z11です。
従来の遠い天体ランキングの1位から6位 (備考の欄を参照) までの間に、緑色でハイライトされた新たな天体が大量に追加されているのが分かると思います。論文にはこの表に含めなかった、19位以下の天体も記載されており、「最も遠い天体ランキング」は大幅に更新されました。
今回の論文の観測データは、満月の見かけの面積 (約0.2平方度) の20分の1未満 (6.1平方分角) という狭い領域のデータに基づいているにもかかわらず、それでもこれだけ大量の遠方の天体を観測できたわけです。わずかな時間と観測範囲でこれだけ遠方の天体を観測できたのですから、観測データを更に積み重ねることで、初期宇宙についての理解がはるかにスピードアップすることでしょう。
今回の成果に限定しても、研究はここで終わりではなく、むしろ始まりだと言えます。今回の観測データは簡易的な分析に留まっているため、距離の根拠となる赤方偏移の不確かさが大きいままです。また、その明るさから銀河の初期形態と推定されてはいますが、科学的に厳密な態度で望むならば「CEERS 93316の正体はまだ不明である」と述べるのが正確です。
発見した天体の正体を解明し、その性質をはっきりと調べるには、赤方偏移の値をより正確に測ることや、スペクトル分析による元素の種類や割合の特定、明るさから推定できる質量や直径など、様々な数値を明らかにする必要があります。そのためには、今回の観測結果を足掛かりに、より多くの観測と研究が進むことが期待されます。引き続き関心を持ちたい話題と言えるでしょう。
Source
- C. T. Donnan, et.al. “The evolution of the galaxy UV luminosity function at redshifts z ~ 8-15 from deep JWST and ground-based near-infrared imaging”. (arXiv, astro-ph.GA)
- Steven L. Finkelstein,et.al. “A Long Time Ago in a Galaxy Far, Far Away: A Candidate z ~ 14 Galaxy in Early JWST CEERS Imaging”. (arXiv, astro-ph.GA)
- Rohan P. Naidu, et.al. “Two Remarkably Luminous Galaxy Candidates at z≈11−13 Revealed by JWST”. (arXiv, astro-ph.GA)
- NASA, ESA, CSA, Andi James (STScl). “Galaxies’ Spectra: Detailed Information Delivered by Light”. (Webb Space Telescope)
- NASA-GSFC, Adriana M. Gutierrez (CI Lab). “James Webb Space Telescope Artist Conception”. (Webb Space Telescope)
文/彩恵りり
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